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【胸糞映画ファイル】不幸を積み重ねていく映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』

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作品情報

監督:ラース・フォン・トリアー

主演:ビョーク

公開:2000年

ジャンル:ミュージカル

受賞:第53回カンヌ国際映画祭パルムドール賞、主演女優賞(ビョーク

逸話:マツコ・デラックスさん絶賛

 

あらすじ

 舞台はアメリカのとある町。主人公のセルマは息子のジーンと二人で暮らしていました。日中は工場で働き、夜は内職と育児。その合間を縫って、趣味であるミュージカルの稽古に励んでいました。決して裕福とは言えませんが、貧しいながらも楽しい日々を送っていました。

 だが、そんな楽しい日常に終わりが訪れます。実は、セルマは先天性で視力が悪く、いずれは失明することを医師から告げられており、日増しに視力は落ちていきました。さらには、息子のジーンにも視力の疾患は遺伝され、ジーンもセルマ同様に失明へと向かっていました。

 せめて息子の目だけは治したい。手術費用を貯めようと仕事に励むセルマ。だが、息子の失明宣告は、これから起こる悲劇の序章に過ぎませんでした。

 

胸糞ポイント

 この映画を一言で表現するならば、不幸積み重ね映画です。

 

 この映画が胸糞映画と称されるのは、善良な心の持ち主であるセルマが次々と理不尽な悲劇に襲われることです。どんな悲劇が訪れるかはネタバレになるので言えませんが、「もうやめてあげて‼」とセルマに手を差し伸ばしたくなる程の胸糞レベルです。劇中では、セルマの友人たちがセルマを悲劇から救い出そうとします。その友人たちの姿が観ている私たちの気持ちと行動を代行してくれているかのような感覚になります。それぐらい、この映画は主人公に対して同情する心が強くなります。

 が、結末は胸糞エンドです。

 

 

映画の見所

 このダンサー・イン・ザ・ダークは胸糞映画と評されながらも、カンヌ最高峰のパルムドール賞を獲得しています。胸糞な気分に陥るのは確実ですが、胸糞以外にも以下2点の見所があります👍まあ、逆にこの2点があるおかげで余計に胸糞に感じてしまう方もいますけどね(笑)

 

 

①我が子を思う心

Family, Baby, Mom, Babe, People, Young, Love, Girl

 あらすじでも触れましたが、セルマの息子ジーンは失明の危機に直面しています。悲劇がどれだけ重なろうとも、我が子の視力を治したい一心で厳しい現実に向き合うセルマに観る者は心を打たれます。セルマに襲い来る悲劇は胸糞でしかありませんが、我が子を思う心は応援したくなります。

 

②理想の投影

five women dancing top of gray stage

 この映画の随所には、スクリーンに映る役者さんたち全員が歌って踊り出すミュージカルシーンがいくつかあります。このミュージカルシーンは、胸糞映画と称されるには似合わないぐらいの明るい曲調であり、役者さんたち全員が楽しく歌っては踊ります。(どれぐらい楽しく踊っているかは、YouTubeで「ダンサー・イン・ザ・ダーク」と検索すれば予告編がヒットするので、それを観れば分かります。)

 

 さて、このミュージカルシーンは一体どんな時に流れるのか?実は、主人公セルマが妄想する時です。つまり、ミュージカルシーンは映画の世界における現実の出来事ではありません。主人公セルマの脳内だけにあふれている妄想なのです。要するに、この映画は主人公セルマが見ている現実世界と妄想世界を行き来しながらストーリーが進みます。この部分が、この映画の良いところです。何が良いかと言うと、現実世界では不幸続きに気を落とすセルマがミュージカルシーンでは「こうあってほしい」と自分が思う理想を明るく描き出す姿に儚くも美しさがあるからです。悲壮な現実の壁にあたっては、理想に浸ってミュージカルするセルマの儚さと美しさに多くの観客が魅了されたことでしょう。

 

おわりに

 このダンサー・イン・ザ・ダークは観終わった後、胸糞な気分が沈殿します。ですが、主人公セルマの生き方に強く心を打たれて惹かれる内容にもなっています。胸糞映画の代名詞と称されるダンサー・イン・ザ・ダークですが、胸糞映画という枠組みだけに留まらない作品になっています。先に書いた通り、あの有名司会者であるマツコ・デラックスさんは、ダンサー・イン・ザ・ダークをオススメの映画に挙げています。胸糞映画の鑑賞をお望みでない方にもオススメしたい映画だと私は思っています。